HANS
―闇のリフレイン―


夜想曲2 Kugel

1 風の番人


唇は酷く乾いていた。時折顔に吹き付ける風の冷たさが、彼の意識を現実と幻想の間で宙吊りにした。
「水を……」
彼は呻いた。しかし、その声は誰にも届かずに、瞼の裏にこびり付いた。
耳の奥で鳴り続けているのは2つのビー玉。誰にもらったのかはもう覚えていない。それは両親に貰ったのかもしれないし、他の誰かに買って貰った物だったかもしれない。それは軽い音を立てながら、仕掛けのある細い道をカラカラと転がって行った。彼はそれらを目で追った。何処までも続くその道を……。

それは乾いた音だった。弾んだり、ぶつかったり、まるで生き物のようにビー玉は転がって行った。愉快で暴力的で、少しだけ悲しみを秘めた音。
それは幼い頃に聞いた。あるいは、もっと大人になった時に……。それとよく似た音をどこかで……。彼ははっとして振り向く。
(あれは……弾倉が回転する音だ)
闇の中で銃口の淵が鈍い光を放っている。
回転が収まると、カチッという微かな金属音が響いた。

(殺られる……!)
彼は焦った。しかし、逃れることはできなかった。そこは舞台の上で、彼はピアノを弾いていたからだ。鍵盤は無限に広がっている。彼はそのすべての音を愛でるように指を曝した。そうなることは、始めからわかっていた。それを彼自身が望んだのだから……。

黒いスーツの胸には白薔薇が差されていた。それが合図だった。
――幸運の金貨はもう一枚もない
客席には彼女がいた。その曲は彼女のためだけに弾いた。
(この心臓から流れ出た血はすべて君のものだ)
彼は立ち上がり、光の中へ歩み出た。
(もう誰も僕を殺すことはできない! 僕は光そのものになったのだから……)
「僕は……」
銃声は歓声と拍手に消され、彼は波打つ鼓動の大きさに身を任せた。
微かな振動と規則的な鼓動。囚われてしまうと彼は思った。逸脱することのできない闇の奥へ、自分は運ばれているのだと……。

「目覚めたか?」
男が訊いた。
「ああ……」
彼は車の助手席にいた。直射日光の光はステージの照明よりずっと眩しかった。彼はぼんやりとフロントガラスを見た。銀の粒子を塗された変わり映えのしない直線道路。そんな路面の灰色に、ほんの少しだけ青い絵の具を落としたような空。彼は何度か瞬きを繰り返し、それからゆっくりと右手の甲を唇に当てた。それは夢の中と同じように少しかさついていた。
「どうしてだろう? こんなに汗が出ているのに、唇だけが渇いてるんだ」
「汗をかいた分、体内の水分が出て行ったからだろう。それに、車の中は乾燥している」
ハンドルを握っていたルドルフが言った。

「また、あの夢を見たんだ」
ハンスが言った。が、男は答えずにタオルをくれた。
「それで汗を拭っておけ。水が欲しいなら荷物の中にある」
彼は言われた通り、そのタオルを受け取ると額の汗を拭いた。
「皮肉だね」
「何がだ?」
「撃ったあなたと撃たれた僕という人間が、こうして隣同士に座っているなんてさ」
「ほう。おまえは自分が人だと認識しているのか?」
「人でなかったら何だと言うの?」
整然と並んだ車が高速道路というベルトコンベヤに乗って運ばれて行く。動いているのは車ではなく、巨大な工場の中に設えられた道そのものかもしれないと彼は思った。

「ガイスト……。あるいはそれを使う能力者」
ルドルフが言う。
「能力者だって人間だよ」
ハンスはシートにもたれ掛かって言い返す。
「さあて、そいつはどうかな?」
「何で?」
「俺の履歴に傷を付けられるのはガイストくらいだからさ」
「意味わかんない」
「二度、俺の銃弾を受け、二度甦ったろう?」
「僕はゾンビじゃないよ」
シートから背を離し、ハンスは微かに笑んで男を見た。
「そう遠くない身内なんだろ?」
「さあね」
彼は後部座席に置いてあったバッグを手を使わずに引き寄せてファスナーを開けた。

「何だ。本当にただの水じゃないか」
不満そうにハンスが言った。
「ミネラルウォーターだ。他に何が望みだ?」
「甘いココアかオレンジジュース」
「もう2キロほど行けばサービスエリアがある」
ミラーに映る車体の動きを追いながら男は言った。
「そこにはお菓子も売ってる?」
「売店がある」
彼は頷くと、ファスナーを閉めて鞄を足元に置いた。

「でもね。能力者だって死ぬ時は死ぬよ」
ハンスはその鞄を爪先で突いて言った。
「……」
ルドルフは黙って運転を続けた。その能力者の身柄を拘束、あるいは抹殺するために、彼らは今、車を走らせているのだ。

「ところで、彼女とはどうだ?」
追い越し車線を降りてしばらく行った時、ルドルフが訊いた。
「美樹はやさしくしてくれるよ」
「うまくやって行けそうなのか?」
「僕は彼女を必要としているし、彼女も僕を必要としている」
彼は握っていた手を開いて見せた。そこには小さな心臓があった。
「まだ、そんな物持っていたのか?」
「そんな物? 僕には大事な物だよ」
そう言うと彼は水晶の心臓を固く握った。

そこには弾丸が2つ埋め込まれていた。生と死を表す2発の弾丸が……。その一発の先端は潰れていた。そこに付着した赤い花びらが命の象徴であると彼は信じていた。
「僕は彼女を守りたいんだ。僕が死んだ時、彼女が流してくれた涙の分……」
目的の場所が見えて来た。ルドルフはハンドルを切ってそこの駐車場に向かう。
「僕らは結ばれなきゃいけないんだ。だって、僕達は同じ一つの心臓に閉じ込められた番いの命なんだもの」


美樹はパソコンの前に座っていた。丁度、短編を一本書き上げたところだった。徹夜明けで目はしょぼついていたが、頭は妙に冴えている。胸は大きくざわついて、鼓動が激しく鳴っていた。部屋の中のすべての物の陰影が鮮明になり、漂う粒子が光って見えた。彼女はそっと指先で画面に触れた。一瞬、痺れるような感覚が起こり、指が画面の中に吸い込まれるような錯覚を覚えた。そこに書かれたタイトルには見覚えがなかった。
「また、あれが起きたんだ」
黒い画面に白い文字列が連なっている。彼女はその内容を目で辿ってみた。
「よかった。そんなに悪い話じゃないみたい……」
読み終わった彼女がほっとして呟く。その時、小さな青い魚のピクチャーが画面をすうっと横切って行った。

「ジョン」
それを操る者のことを、彼女はよく知っていた。美樹は立ち上がると急いで階下に降りて行った。それからリビングに入ると壁面の棚の前に立った。ディスプレイ型のその棚には本や雑誌が並べられている。その右端の本をどかすと小さなスイッチがあった。彼女がそれを押すと棚がスライドして地下室に続く階段が現れた。その階段を上がって来た人物が彼女に向かって微笑した。
「やあ、美樹。その後、どう? 変わったことはない?」
ジョン・マグナムは米軍管轄下の組織・MGSに所属している能力者だった。黒髪でやや小柄な彼の容貌は、以前のハンスに似ていると彼女は思った。

「ジョン。今日は一人?」
美樹が訊いた。
「ああ。リンダとマイケルは別の任務に就いている」
「ハンスも今日は留守よ。昨日からルドルフと出掛けてるの」
「知っている。だから来たんだ」
「何でもお見通しって訳ね。じゃあ、わたしが今朝書き上げた小説のことも知っている?」
「それはどんな?」
「えーと、その人の内面を描いてしまう画家の話なの」
「アルモスのことだね?」
表情一つ変えずに返して来る。彼女は肩をすぼめて訊いた。

「その人も実在してるの?」
「そう。恐らく今は、この家の地下室のどこかにいるんじゃないかな?」
「この家の……? それって家宅侵入じゃない!」
彼女が驚いて言う。
「確かに。でも、それを言うなら、僕も無断で侵入している訳だし……」
「ジョンは特別よ。だって、あなたはわたしの能力についての唯一の理解者なんだもの」

「うれしい言葉だけど、それは正しくないな。僕はもう唯一じゃない。君にとって大事なのはハンスの方なのでしょう?」
「それは……」
「隠さなくてもいいよ。僕はあれを読んでいるんだ」
それを聞いて、彼女はため息をついた。
「そうね。あの同人誌がわたし達の出会いでもあったんですもの」


10年前。彼女は一人で本を作り、即売会で売っていた。
同僚のリンダやマイケルが日本びいきで、ジョンは何度か付き合いでイベントに同行したことがあった。その時、偶然彼が手に取ったのがその本だった。

そして、リンダがその本を翻訳し、彼に言った。
「この作者はまるで、わたし達のことを知ってるみたいだわ」
「知ってる?」
「そう。これには中編の小説が三つ収められていて、そのうちの一つの主人公の名前がジョン、あなたと同じなの」

「同じ? でも、ジョンなんて名前はありふれてるよ」
「ヒロインの名前もリンダなのよ」
「リンダだってよくある名前じゃないか」
「でも、闇の風が使える能力者のジョンなんてそうはいないんじゃない?」
「何だって?」
「それに、ここには二人だけしか知らない情報が含まれている」
「まさか。信じられないよ、そんなこと」
「だから、読んでみて欲しいの」
彼は半信半疑でそれを受け取り、一読した。その内容は、彼女が指摘した通り、いや、それ以上に事実そのものが書かれていた。

「……風を読む力……。彼女は文章を書く際に、何らかの形でそれを行使しているのかもしれない」
浄化できない風の番人。一見、外から見たのでは気づかないが、その奥底に流れている風の記録を彼女は再現できるのだ。だとすれば、その本に併録されている二つの物語もまた実在のものではないのか。一つは日本、そして、もう一つはドイツが舞台の物語だった。ジョンはそれらについて調べ始めた。そして、辿り着いたのだ。彼らに……。


「ハンスはまだ僕のことを実在の人物であると認めてくれないんだ」
苦笑混じりにジョンが言った。
「何となくわかる」
彼女は曖昧に微笑む。
「それは、僕の影が薄いってこと?」
「え?」
「この間覚えたんだ。『影が薄い』。つまり存在感に乏しいってことだろう? 幽霊みたいに……」
「あるいは、死期が近くて、この世に足が着いていないように見えるとか……」
ジョンは少しだけ顔を顰めた。
「僕はあらかたガイストで出来ているようなものだからね」
「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃなかったの」
ジョンが抱えている病のことを彼女は知っていた。

「気にする必要はないよ。僕達の間に秘密というのは通用しないことを互いに承知している訳だし……」
彼は明るく言ったが、微かに左の瞼が瞬くように二度痙攣した。風の能力者である彼は、子どもの頃から何度も死線を潜り抜けて来たのだ。ハンスと同じように……。そのせいか、二人はどこか雰囲気が似ていた。違いは、ジョンが眼鏡を愛用していることと、ハンスにはないコンピュータに特化した能力を持っていることだ。そして、楽器は得意ではないらしい。能力者と言っても色々だ。彼女はそのこともよく知っていた。
「君が今朝書いた小説を読ませてくれないか?」
「いいわ。書斎のパソコンにファイルがある」
ジョンは2階へ上がり、彼女は隠し扉を閉じた。


ルドルフ達は、京都駅に向かっていた。
「厄介なことになったな」
片手でハンドルを握ったままルドルフが言った。
「修学旅行って何?」
タブレットを開いたままハンスが問う。
「学生達の研修旅行らしい。幾つかの学校単位で貸し切りの運行をしているようだ」
「その列車に爆弾が仕掛けられてるの?」
「正確に言うと、その新幹線に乗車している奴と、列車が通過した時連動する起爆装置が線路上に仕掛けられている。つまり、線路にある爆弾を排除し、なおかつ、列車内に潜伏している奴の身柄を確保する。恐らく、線路の爆弾が作動しなかった時には人為的に内部での爆発を誘導するよう、周到な計画を立てた上での作戦だ」

「つまり、内部と外との両方排除しなければいけないってこと?」
「その通り」
「そいつは厄介だ」
ハンスはもっともらしく腕を組むとシートにもたれた。
「じゃあ、マイケルを呼ぶ?」
「無理だ。このスピードで飛ばして、出発時刻に間に合うかどうかっていうところだからな」

「うん。今は220キロか……確かにぎりぎりだね」
そう澄まして言うハンスに、ルドルフは苦笑して訂正した。
「90キロだ。日本ではこれが限界さ。いくら俺でも、市街地でこれ以上スピードを出せば、事故になる」
「へえ。それはまた謙虚なこと」
「ほう。おまえもなかなか言うようになったじゃないか。日本に来て水を得たか?」
「僕は〈お魚さん〉じゃないよ」
ハンスが口を尖らせる。
「だが、奴の情報の正確さと素早さがなければ、作戦は成り立たん」
「へえ。随分高く評価してるじゃないか。アメリカ人は嫌いなんじゃなかったの?」

「脳みその中身によるさ」
「選り好みが激しいんだね」
「おまえほどじゃないさ」
「ふう。ここはガイストが多くて眩暈がしそうだ。少し眠っていい?」
「起きていろ! 5分もしないうちに着く」
「休ませてもくれないんだ。ブラックな仕事だね」
「さっきまでさんざん寝てた奴がそれを言うか?」
「じゃあ、ルドも眠ったら?」
「ああ。地獄まで直進したいならな」
「いいよ。どうせ僕だけは舞い戻って来るからね」

「ところで、作戦はわかってるんだろうな?」
「走行中の車内で爆発が起きたら、さすがに僕でもすべてを守るのは不可能だよ」
その街の道路は区画ごとにきっちりと区切られ、近代的なビルの間に古い木造の家屋や神社仏閣が垣間見えた。
「何とかしろ」
「ひどいな。いつだってそうなんだ。僕はいつも損な役回りを演じてる。そんな気がする」
「気のせいだ。これが終わればまた、おまえの大好きな花園に帰れるだろ?」
「生きてられたらね」

街路樹の向こうで今と昔の風がすれ違う。旅行者達が地図を片手に行くのが見えた。
「ん? どうした? やけに気弱なことを言うじゃないか」
「時々考えるのさ。どうしてこんな風なんだろって……」
「こんな風とは?」
頭上からヘリコプターのローター音が聞こえた。
「僕の望みはいつも叶わないんだ」
そのヘリコプターは彼らの頭上で2度旋回し、北の空へ飛び去って行った。
「叶っただろうが……。 日本に来れた詩、おまえが愛する女の子は、おまえを受け入れてくれたのだろう?」

「そうだね。でも、時々不安になるんだよ。もしかしたら、これはみんな本当のことじゃないかもしれないって……。ある日突然、舞台の幕が降りて、これはみんな偽物で、僕という存在はどこにもないんじゃないかって……。この手も、この声も、美樹やキャンディーやあなたもみんな消えて無くなってしまうんじゃないかって思うと……すごく不安になる」
「カウンセリングを受けたいのか?」
「あなたが着せた偽りの服が重くて、時々脱ぎたくなってしまうんだよ」
駅はもう目の前だった。
「我慢しろ。ここで生きて行きたいのならば……」

「生きる?」
「そう望んでいるんじゃないのか?」
男は駐車場に滑り込むと車を停めた。
「まあね」
「それなら、耐えろ。うまく行ったら褒美をやる」
男はバッグを持ってドアを開け、ハンスも助手席のドアを開けて外に出た。
「褒美ね。それが、天国にある永遠の花園でないことを願うよ」


美樹は2つのカップにコーヒーを注ぐとリビングに持って行った。
「君は少し休んだ方がいいんじゃないのかな?」
ジョンが言った。
「大丈夫。疲れてないから……」
彼は何かを思案するような表情で庭を見つめた。
「……すべてはもう止められない」
そう呟くと彼は真っ直ぐ彼女を見た。
「君は本当にそれでよかったのか?」

「拒んだとしても風の流れは止められない。そうでしょう?」
美樹は軽く前髪を払って言った。
「でも、僕が関与しなければ、君はもっと平穏に暮らせたかもしれない……。彼を君のもとへ導いたのは僕だ」
「でも、あなたが知る前から、わたしは物語を書いていた。必然だったのよ。すべては風が導いたこと……。この先、どんな運命がわたし達を傷付けたとしても、あなたの責任じゃないわ」
「わかった。僕もできるだけ協力するよ」
そう言うとジョンはコーヒーカップを口に運んだ。

「それと、両親が彼らの正体を知ってしまったの。なるべくなら関わって欲しくなかったんだけど……」
「まあ、それは無理だろうね。君のお父さんだって素人じゃない。会えば一発で見抜くさ」
そう言われて、美樹はため息をついた。
「でも、それは悪いことばかりじゃない。いざとなったら強力な味方になってくれるだろうからね」
「そうだけど……」
「それに、日本での風の流れを把握するためには、もっとネットワークが欲しい。単なるシステムという枠組のエクスプラネーションでなく、そこに存在する生の人間の声がね」

「わたしも何か役に立てる?」
「もちろん。君が無意識のうちに書いた小説は、どれも封印された歴史の闇を解くための鍵だ」
「でも、それらはほんの断片でしかない。それがどんな風に繋がるの?」
「今はまだわからない。でも、それらは着実に見えないピースを埋める。いずれ全貌が明るみに出るだろう」
「それが、あなたやハンスにとって有利に働くの?」
「多分ね。ガイストは一見偶発的に見えるさまざまなイベントに、つまりこの世界の成立に根源的に関わっている。そのガイストの力を使う能力者達は重要だ。場合によっては、ある特定の勢力を持った者達に、恣意的に歴史を動かせるほど絶大な権限を与えてしまうものだからね」

「それが悪用されているとあなたは言うのね?」
ジョンは頷いた。
「どこの国も同じ。権力を握った者はそのしっぽを放そうとしない。風の力は原動力になる。そのガイストを操れる能力者を味方に付けたら、怖い物なしに権限を行使できる。勢力図だって書き換えることが出来るかもしれない。だから、必死なのさ」
「それを阻止したいのね?」
「できるかどうかはわからないけど……。そこに風使いの人間が絡んでいるのなら、その呪縛から解き放してやりたいんだ。アメリカとドイツの一部で成功したからね。あと日本の能力者さ」

「でも、うまく行くかしら?」
「そうだね。この国の中枢はなかなか単純ではなさそうだ」
彼はコーヒーを飲み干して席を立った。
「そろそろ行かないと……。一つ片付けごとが入ったようだ」
「ハンスは……?」
不安な顔で彼女が訊いた。
「心配ない」
彼はそう言うと再び地下室へ続く階段を下りて行った。


駅は混雑していた。ハンスは土産物を売っている店の前で足を止めた。そこには西陣織の小物や扇子などが美しく並べられていた。
「わあ! 可愛い」
金糸の模様が入った匂い袋を思わず手にした。
「あとにしろ!」
ルドルフに手を掴まれ、彼は残念そうにそれを元の場所に置いた。
「もう時間がない」
二人は改札口の方に向けて駆け出した。